03 November 2008

晩秋上高地に槍は穂高いねん


 午前6時前に着いた夜行バスの窓の外は未だ暗い。10月中旬の上高地。降車すると寒さがジャケットを通して伝わってきた。
 念願の上高地だが、実際は北アルプス山行。テントと寝袋、食料を担いでの2泊3日は飛騨山脈の名峰を骨の髄まで体感することになった。

 初日は河童橋から槍岳山荘までの約17km。標高差1500mの登りは正に修行(苦行?)。大荷物を担いでの登山は初(帰宅後量ると20kg超)。勾配が大きくなる行程2/3の槍沢辺りで膝の上の筋肉が吊り、ようやく槍ヶ岳の頂が見た頃には既に大腿部の筋肉達が崩壊学級の中学生のように身勝手に暴れ出していた。かつて氷河に削られた谷はやたらと広く寂しい。競り上がる槍の裾を前にもはや自分のものでない脚を引きずっていると下山すら頭をよぎるが、前を行く健脚の中年登山者の鈴の音が何としても登頂と奮起させる。
 小さな一歩の無心の継続。山荘に辿り着くと大分傾いた陽が眩しく暖かかった。リュックを放ると、直ぐの槍岳の頂へ岩と梯子をよじ登り、360°のパノラマを目に焼き付けた。
 登頂の余韻は日没後の気温と同時に急降下。ホームセンター買った場違いのテントは夏向けの3人用。炊きあがる前の白米にぶち込んだレトルト牛丼は悲しい程不味かった。3000mを超える標高でのキャンプ。北風が容赦なくテントを揺らし、ミイラの如く有りっ丈の衣服を重ねても、20年前の寝袋の中では凍える以外に何もできなかった。翌朝水筒は恨めしく氷を張っていた。

 2日目は槍と奥穂高に股がる大キレット越え。300mの下降の後に350mを這い上がる稜線ルート。足下に奈落の谷もあれば梯子に鎖に身を委ね、最後は雪がへばり付く北面の岩壁とそれは想像通り手強かった。やっとに正午、北穂山荘に登り着くと大キレットを越えてきた6人が自然と握手で健闘を分かち歓喜した。そこから奥穂へも侮れず、呼称無きこの行程、大を取った「キレット」と勝手に呼んだ。
 ガスっていた奥穂高の頂には社があるが、積まれた石垣がここを国内3位の標高にしているとか。この夜山荘でキレット越えの仲間と過ごし暖まると、戻ったテントでは寒さが気にもならず眠りに就いていた。

 最終日は上高地14時発の高速バスを逃せないので5時過ぎに下山開始。岩が荒々しいザイテングラートを降りる。期待していた涸沢カールの紅葉は1週前の降雪で色あせていたが、それでも三方囲う山脈とその裾の晩秋の景色はここに立つこと以外に享受する術がない。涸沢と横尾谷には行く秋の紅葉や落葉、それらが紡ぐ匂いが老舗の懐石料理のように並び、急ぐ脚を止めようとした。
 天高い青空のもと不乱に独走し着いた河童橋では観光客が彼方うっすら雪化粧した山々と鏡のような川面を背に記念写真を押さえていた。食堂で梓川定食を味わい日帰り温泉へ直行。湯に浸かるこの一時の為にこの日は歩いていたのだ。

 河童橋、大正池や明神池はそれだけでも壮観な表表紙だろうが、上高地の楽しみは遊歩道散策、時間を作って奥へ涸沢まで脚を伸ばして深まっていく。歩けば歩くだけの発見と感動を大自然は約束しているから。■






「槍岳山頂」





「涸沢カール」


4 comments:

hisa said...

文章に味がありますね。
忙しいとは思いますが、ブログ書いてくだされ。
こっちは楽しく読んでますから。

それにしても登山で山中泊とはタフですな。
恐れ入ります。

Ken DeNeri said...

ありがと。いいですよ、山。

Anonymous said...

can u leave ur phone number to me???

Anonymous said...

It seems different countries, different cultures, we really can decide things in the same understanding of the difference!
Personalized Signature:我喜欢淮安掼蛋,靖江青儿,南通长牌,姜堰23张,常州麻将这些地方言游戏