
参道を歩きながら望む三方の山々。そこに掛かる朝もやで眩しい朝日から目隠ししている。敷石の踏みしめられる音はまだ眠そう。境内の前に出来た列に加わる。
出雲大社を夏に訪れたのは、60年に一度の大遷宮が始まり、普段叶わない本殿への特別拝観が出来るからだ。整理券を受け取る。午後一時の回。早朝にはもっと人が並んでいたということか。 既に参拝者で賑やかな境内。出雲国では八百万の神が集まる十月を「神有月」と言うが、神々が集まり始めた朝はこんな喧騒かと思い馳せる。境内を囲う木々は緑深く、異界を感じさせる。出雲大社の御祭神は大国主大神で、各地から寄贈された「だいこくさま」が彰古館に収められていた。
おみくじを引くと吉凶占いが見当たらない。聞くと出雲大社のおみくじでは明記していないとのこと。だが通し番号「第一番」のおみくじはあっさり良いことしか書いてないので、一番良いものを引いたのだと一人勝手に喜んだ。

おみくじを引くと吉凶占いが見当たらない。聞くと出雲大社のおみくじでは明記していないとのこと。だが通し番号「第一番」のおみくじはあっさり良いことしか書いてないので、一番良いものを引いたのだと一人勝手に喜んだ。

境内から小道を挟んで立つ神楽殿には重さ5t、長さ13.5mの巨大なしめ縄が掛かっている。頭上の藁の隙間に硬貨が挟まるとご利益があるようで、老若男女懸命に挑戦している姿が面白い。
本殿参拝までは未だ時間があり、近くの古代出雲歴史博物館へ。開館して一年半、現代的な外見とは対照的に、古事記や日本書紀の舞台である出雲地方や神々、風土記の時代の暮らしや出土品など古代の魅力が詰まっている。一番の興奮はかつての出雲大社本殿の模型だ。九本の三本束ね柱に支えられた神殿は高さ16丈(48m)に達し、そこから斜めにすらりと階段が伸びていたらしい。「雲にわけ入る千木」とその偉容を人々が感嘆したと平安時代の書物「口遊」は伝える。

気が付くと本殿参拝の時間。現在の本殿は1744年に造営されたもので高さ24m。「大社造」と呼ばれる構造で、神社建築最古の様式を残している。列に付いて、恐る恐る本殿へ足を踏み入れる。大社独特の二礼四拍一礼。蔀(しとみ)という窓から覗く天井の「八雲図」は264年前に描かれたとは思えない艶やかさで、その謎めいた形容と構図は当時の世界観や宇宙観を描いているようにも思えた。
3段割子の出雲そばを空腹に流し込み、バスで日御碕に着く頃には日がすっかり傾いていた。知らずに見上げた東洋一と呼ばれる高さ43mの灯台は105年前から日本海を見守る現役だ。18時半過ぎに出てし
まう最終バスまで、気の向くままに切ったシャッターの音が静まり返った岬では妙に響いていた。
まう最終バスまで、気の向くままに切ったシャッターの音が静まり返った岬では妙に響いていた。

年会に向う背広姿や若者が夜を闊歩して、そんな歴史を忘れさせるくらいに賑やかだった。お好み焼、つけ麺、そして瀬戸内の牡蠣は広島だからこその美味さ。新球場でカープが優勝争いでも演じてくれれば応援しに行ける。赤ヘルと市民の団結と熱狂は縦縞の虎にも負けないらしいのだ。